第2話 はじまり


彼の紅い瞳と、視線が絡まる。カラコンにしては自然すぎる紅い瞳に、真っ白、純白の髪、黒いコートによくわからない金色の飾りを揺らして、彼は言った。


『君は異能を持っている』


その通り。僕には変な能力がある。多分、自分を見えなくする能力。肯定すれば、彼もまた能力があるのだと言った。そういう奴は『越境者Over』、と呼ばれているとも。


越境者の大多数は普通の世界で生きていけない。身体的、精神的、そして、社会的に。能力の暴走が知らず知らずのうちに、おこる。

そうだ。すくなくとも、僕はそう。こくりと頷けば、彼は目を細めて言う。

「だから、守らなければいけない」

そして、続ける。

そう考えた昔の越境者が、能力をつかってもうひとつ、世界を作った。『彼方』。普通の人には入ることはおろか知ることでさえ出来ない世界。越境者の桃源郷。

でも、この世界にはまだ、能力に気づいていない、彼方に来ることが出来ていない越境者がたくさんいる。そういうやつは、いずれ能力が暴走するか、枯渇するかして、普通の人に戻るか、死んでしまう。


「少年、世界に嫌われた、と言ったな。実はあながち間違いではない。世界は確かに我々が嫌いなんだ」


彼はそう話していた。普通の世界じゃ生きていけない、だから、世界に嫌われている。言ってることは絶望的だけど、言葉尻に哀しさは感じられなかった。案外そっちの世界では常識なのかもしれない。

でも、彼は言う。

「だとしたら、理不尽じゃないか」

「世界に嫌われたからなんだ? 普通の世界に嫌われたから、我々は生きていてはいけないのか?」

否、と堂々と言い放つ。

「我々を嫌う世界はこっちから願い下げだ。なら別の世界に引っ越せばいい。それで、先代は『彼方』を創った。……だが、『世界に嫌われている』と思っているものは、それを知らない。」

故に、と悪戯っ子のように口元を歪めて言う。

「そんな嫌われ者を、意地悪な世界から救い出す『お守り』。それが、」


越境者保護機関Over Protect Organization』、特別部隊『Amulet』だ。


私はそこの隊長、『スノウ』という者だと名乗られたのが、見知らぬ路地裏。

今から二時間前の出来事。


怪しすぎる、というのは分かっていた。けど、僕は差し伸べられた手を振り払うことはできなかった。

何故か? 僕が、是としたからだ。

「時間はあるか」

「ついてきてほしい」

「能力の存在を信じるか」

「もうひとつの世界に行きたくはないか」

すべてに僕は頷いた。僕が選んだのだ。警察を呼ぶことも、誘いを断ることも、信じないと言いきることも出来ただろうが、僕はしなかった。


じゃあ何故頷いたか。

僕には、心当たりがありすぎたから。





ガラスの机に黒いソファ、頭上にかかるシャンデリア。待合室と言われたそこは見えない圧力を感じる空間だった。

僕─碧海 雫─はソファに腰掛けたまま、俯いている。向かい合わせに座る彼の視線が怖くて顔はあげられない。談笑? 出来るわけないだろ!

そもそも僕は普通の学生で、こんな圧力を感じた経験はない。度胸も胆力も持ち合わせてないし、むしろ友達すらいないコミュ障。まぁ、そのままの体勢で固まってしまうのは当然だ。……は? ほんとに学生か? 友達がいない学生だっているだろ。


「やけに緊張しているじゃないか」


微動だにしない僕に、彼がやれやれ、と肩をすくめる。呆れた体ならもう少し上手く演れよ。にやけてんぞ。

というか連れ込んだのはアンタだろと文句の一つでも言いたかったが、心臓がバクバクとうるさくて、それどころじゃない。なんてったって、今いる場所は異世界の一歩手前、『彼方』へ繋がる扉前の待合室なのだから。


『彼方』へ行くためには『越境者』であることが必要らしい。証明とかどうするのかと聞いたら、彼は簡単簡単といいながら路地裏にあったひとつの扉を開けた。

質量保存の法則ってなんだっけ、と思わせる長い長い廊下が現れた。中世ヨーロッパかよ。『越境者』でなければただの廃ビルに見える、と。なるほどね、こわ。

廊下を進む彼の後についていくと、見張りだろうか、大きな扉の前に立っていた二人の男に、彼が話しかけられた。一言二言交わした瞬間、見張りの顔が急に険しくなる。僕をちら、と見た後、「えっと、親御さんとかに連絡は……」

あーなるほど。僕は言い切らないうちに首をふる。怪訝そうに僕を見て「でしたら、その……」

「必要、ないです」と僕は言い切る。怪訝そうだったが「わかりました……準備がありますので少々お待ちください」と言われ、案内されたのがこの部屋だ。


異世界一歩手前。緊張というよりは、急展開すぎて頭がついていかない、が正解だ。これで平然としてるとか、超人かよ。僕のメンタルはそんな強くない。自殺しようとした僕を止めるまではまだわかる。けど、こんなの想定外だ。

もちろん、選んだのは僕だけれど。


心の中で愚痴を吐き出しながら机を睨みつけていると、何が面白かったのか彼の肩が震えている。こいつ、元はといえばこいつが元凶の癖に。

抗議しようと顔をあげると、彼と目が合う。

人と目が合うのは、久しぶりだった。

人の視界に入らない能力。本来なら僕が望めばその効果はなくなる。けど、今の僕は暴走状態で、能力を止めることができないらしい。


なら何故彼に、ちょっと前には見張りにも、僕は見えていたのか。


路地裏の扉の前で、不便だろうからと、彼は手を出した。何をされるのかわからず戸惑っていると、目の前で一回、ぱん、と手を叩かれる。

「私の能力は、君の能力を無効化できる。いわばストッパーだ」

便利なものだろう? と得意げに言うものだから、ちょっと笑ってしまった。つられて、彼も目を細めた。

つまり僕は彼の魔法にかけられたらしい。


不思議なことばかりだ。誰の目にも入らず、それを苦に自殺しようとしていた少年が、見知らぬ男の瞳の中で、笑っている。奇怪だが、普通じゃない僕には丁度いいのかもしれない。

越境者、機関、Amulet。目の前の彼の名はスノウ。僕は彼に異世界……『彼方』へ案内して貰ってる。で、僕は今……えっと、あれ?


「あの」

「ん?」

「準備って……書類とか、入……界? 検査とかあるんでしょうか」

越境者の証明はこの廊下に辿り着けるかどうかだ。もしまだほかにあるなら追い払われたりしたらどうしようか。ここまで来て帰れと言われたら流石に悲しいのだが。

と、「ふむ」と手を口元にあて、少し考えたあと、彼の顔つきがだんだんと強ばる。

「えー、その……記憶が正しければ、書類関係も検査もなかったはずなんだが……」


は?

えっじゃあ準備って何。と、発した言葉は突然、扉が轟音をたて開くその音に遮られる。

現れたのは強盗……ではなく詰襟制服のような服装の黒髪で眼鏡の男。ぱっと見優しそう。だが今しがたの出来事と、目の前で見るからに焦り、冷や汗と苦笑いを浮かべる彼から判断するに、ヤバイ奴なのは間違いないだろう。

「……アイビー」

「お仕事サボって脱走した挙句、いたいけな男子学生を無理矢理連れ込んだ誘拐犯って、こちらでよろしかったですかぁ?」

アイビーさんって言うんだ。激おこじゃん。えー僕しーらない。

「待て待て誤解だ話をしようアイビー」

「話は見張りからよぉく、聞いとりますので」

男が指先を彼に向けると、「おらぁ!」瞬間、光が煌めいたかと思えば、何かが目で追えない速さで彼に向かって飛んでいく。

「図ったなあの見張りッ」バシンッといい音が響く。うわぁいたそ。彼の能力なのかな……ハリセン?

衝撃に倒れた彼を踏みつけ、睨む。「いってぇ……」と呟く彼。

あの、ついていけないんですけど。と困惑する僕に、「すんませんうちのモンが」と頭を下げる眼鏡の方。


ツッコミどころが多すぎるし、なにがなんだか訳が分からない。誰か説明してくれよ。

とりあえず縛り上げられた彼は使い物にならないので、アイビーさんに目を向ける。

ちゃんと説明しますんで。と彼が言うから、ため息をついてソファにもたれる。


大丈夫かよ、異世界。


僕、どうなるんでしょうか。神様。

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Amulet りあん @liann_ac

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