第2話
歓楽街にある、寂れたラブホテルの一室。
そこにある男女がいた。
男はスーツの上着を脱ぎ、ネクタイを解き、それらを乱雑に床に置き、癖っ毛のある頭を掻きながら、ベッドに腰掛けた。
「僕はさ、作業に入る前にこうして人に自分の昔話をするんだ。別段意味はないんだけどさ。」
とベッドに横たわっている女性に言葉を投げかけた。
横たわっているというと、語弊がある。
女性は下着姿で手足をロープでベッドに縛られ、口にも細い縄を噛まされていて、身動きも取れず、呻き声しか出せないでいた。
「昔はこんな頻度でこれをしてなかったんだけど、今は誰とでもすぐ連絡取れるし、昔に比べて凄いこれをしやすくなったからさ。ついつい回数も増えちゃって。」
女性は必死に踠き、呻き声をあげるが、男は見えていないかのようにそれを無視して、話を続ける。
「ほら、セックスだって、わざわざお金を払って風俗に行くより恋人がいた方がしやすいだろ?
すると、ついつい回数って増えちゃうじゃない?
あ、でもセックスレスの恋人や夫婦もいるから、絶対とは言えないね。
まあ例えだよ。僕のこれも、ある種セックスというか、自慰行為のようなものだから。」
ハハハ、と軽く笑ってから大きく息を吸って、勢いをつけて立ち上がり、ソファにおいてあるカバンの方へ向かった。
「僕がこれをする時は基本女の子にするんだけど、たまにに男の人のも見たくなるんだよね。
でもさぁ、男の人の方が大変でさ。わざわざゲイのフリして、力尽くで抑えるのも大変だから薬なんかも用意して。」
男はカバンをガサガサと漁り、何かを手に取ると、にこりと笑った。
実に、気味の悪い笑い顔だった。
「自分で言うのもなんだけど、ほら、僕って結構顔はいいでしょ?だから女の子も結構引っかけやすくてさ、後の作業も楽だし。それで、今日は女の子にすることにしたんだ。」
男の手には、猪などの解体用ナイフが握られていた。
女性は必死にベッドから逃げようとするが、手足に縛られたロープはどう足掻いてもとれそうにない。
男は女性の頬にナイフをあて、そっと刃先でなぞった。
鮮やかな赤色の血が頬から溢れ、ベッドの白いシーツにシミをつける。
女性は呻き声から、ヒューヒューと苦しそうな息に変わっていた。
「殺される。私は今から殺されるんだ。何で私が。別に私じゃなくてもよかったはずだ。私は何も悪いことをしてないのに、何で私が。」
そんな考えが、女性の頭を駆け巡る。
諦めの表情。
すると男は突然、持っていたナイフで口にかましていた縄を切った。
女性は一瞬困惑したが、「チャンスだ」と思い、全力で叫ぼうとした。
「たすけ
しかし、女性の必死の叫びは、男のゴツゴツとした左手で抑えられた。
「ああ、今度こそダメだ。」
女性がそう思った矢先
「しー、叫ばないで。俺は君に質問したいんだ。
お喋りしようよ。お喋り。その間は取り敢えず何もしないから。」
と、男は右手でナイフを玩びながら、そんなことを言った。
女性が何回が頷くと、男は女性の口から手を離した。
「ねえ、君はさ、光の球をみたことがあるかい?」
「ひ、光の球?」
シーツのシミは、広がり続ける。
「うん。さっき僕の昔話で言ってたやつさ。
こいつはさ、人が死んだ時に出るんだけどさ、もっと正確に言うと、人が死んだ時にしか出ないんだ。
虫とか魚とか、哺乳類でも駄目みたいでさ。
ああ、殺してはないよ?僕動物好きだし。昔目の前で車で狐が轢かれてさ。どんな光を見せてくれるのか、ちょっとわくわくしたんだ。」
歯をガチガチと鳴らす女性を眺めながら、男は少し残念そうな顔をして話を続ける。
「でも、いつになっても光の球は出なかったんだ。
何故か分からないけど、人間しかでない。
さらにね、光の球は、人によってや大きさや色や光の加減も違うんだ。」
シーツの赤は 広がる
「僕の好きなのはね、人が苦しんだり、絶望しかけたものなんだ。」
「絶望・・・しかけ・・・?」
会話が成立(?)したことが嬉しいのか、男は表情を明るくした。
「そう。絶望しきっちゃうと、光の球は凄く醜くなるんだ。でもね、少しだけ希望を残して死んで出た光は、すごく綺麗な黒の光を出すんだ。」
「黒の・・・光・・・。」
「まあ何言ってるか分からないよね。
光の無い状態が黒なのに、黒の光って何だよ!って思うよね。
でもね、何故か黒だけど光ってるんだ。あ、黒光りしてるとかじゃないよ?」
「もしかしたら、そもそもあの光の球は存在しなくて、僕のみている幻覚かも知れないし、本当に存在してるけど、一部の人間にしか見えないのかも知れない。」
男は女性とぶつかりそうなほどに顔を寄せ
「ねえ、君はどう?あれを見た事。あるかい?」
と言った。
女性は答えられなかった。
質問自体はYESかNOで答えられる簡単なものだ。
女性が答えられなかったのは、自分の目の前にいるのが、何か分からなかったからだ。
最初は頭のイカれた人間だと思っていた。
部屋に入った途端人の後頭部を殴りつけ、服を剥ぎ縄で拘束するような奴がまともな人間でないことは分かっていた。
しかし、この男の言動を見聞きしていると、この男が人間でないように思えてきたのだ。
ーーそう、あえて言うなら男はーー
「怪物・・・。」
そんな言葉が女性の口から漏れ出した。
それが合図だったかのように、女性の口から次々言葉が出た。
「あんたは怪物よ!化け物よ!
人間じゃない・・・。あんたは人間じゃないわ!
何が光の球よ!?馬鹿じゃない!?
人が死んだからってそんなもん出るわけないでしょ!?
その訳の分からない理由の所為で何人殺してきたの!?
人が死んで見れるものなら、勝手に自殺でもして自分のを見たらいいじゃない!!
ああもうクッソ縄解けよ!!くそッくそッ!!
ああああ死ね!!死ね化けもんが!!」
恐怖心は麻痺し、怒りへと変わっていた。
業火のような怒りと殺意のこもった言葉は全て男にぶつけられた。
しかし、男は全く動じた様子もなく、小さな溜息をこぼすと、床に落ちていたネクタイを拾い、それを丸めて、女性の口へ突っ込んだ。
「うん。もういいや。」
女性はゾッとした。女性の業火の様な怒りは、男の冷徹な声で一瞬で消されてしまった。
「君も違ったんだね。残念だよ。」
ナイフが女性の眉間に突き刺さる。
白く細い肢体はガクガクと痙攣し、溢れ出た鮮血はシミのついたシーツを真っ赤に染め上げた。
「さあ、みせてくれ。」
男はそう言ってから、ナイフを両手で持つと、一気に顔から腹まで力一杯引き裂いた。
骨が何度か引っかかっていたせいか、少し歪な線が女性の身体に刻まれる。
男はウズウズしながら女性の身体を眺めていた。
すると、裂けた腹から見える
何か光を放つものが出てきた。
男の目の色が変わる。
それは確かに男の言っていた通り、色は黒いにも関わらず、不思議な光を放っていた。
いや、それが光なのかどうか分からない。
しかし、そう形容するしかないのだ。
それほどに不安定な存在。
正体も分からず、形容すら難しい、そんな存在。
だが
「嗚呼・・・綺麗だ。」
男は涙を流していた。
人を魅了する魔力を持った、歪な光を眺めながら。
光を求めた怪物 @Amzarashi555
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