総角 その一〇四

「人には定命というものがあって、片時も早くこの世から逃れたいと思っていてもこうして生き永らえるのも定められた寿命が尽きないからなのでしょう。明日の命もわからない無常のこの世なのに、それでもやはり嘆かずにおられないのもどなたのためなのか、おわかりですか」



 と大君は言って灯を近くへ取り寄せて手紙を見た。いつものようにこまごまと書いて、



 ながむるは同じ雲居をいかなければ

 おぼつかなさを添ふる時雨ぞ



「こんなに涙で袖を濡らすことはなかったのに」



 ということも書いてあったのだろうか。どうせ男の誰もが言うありふれた文句ではないかと思うにつけても、匂宮への恨めしさがつのるのだった。されほど世にもまれな器量の人がよりいっそう女にもてようとしてますます色っぽく華やかに振舞うのだから若い中の君の心が惹かれるのも無理はないのだった。

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