総角 その七十

 中絶えむものならなくに橋姫の

 かたしく袖や夜半に濡らさむ



 そう言ったものの、帰りにくくて何度も引き返してきてはためらっている。



 絶えせじのわがたのみにや宇治橋の

 はるけきなかを待ちわたるべき



 そう胸につぶやいて言葉には出さないけれどいかにも悲しそうにしている中の君を匂宮はたまらなくいとしく思う。


 若い女君の心にはしみついて忘れられそうもない世にもまれな匂宮の朝帰りの美しい姿を見送って宮の残した移り香などを人知れず恋しく懐かしく思っているのを中の君はどうしてなかなか恋の道も心得ているようだ。


 今朝はすでに明るく物の見わけもつくので、女房たちは匂宮の姿をこっそりと覗いている。



「薫の君はお優しく、その上こちらが恥ずかしくなるような御立派なところがおありです。それに比べて匂宮は一段と身分が高貴なせいか、このお姿の何と素晴らしいこと」



 などと褒めちぎっているのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る