椎本 その五十三

 桜の花盛りのころ、匂宮は去年の春、「同じかざしを」と詠んだ歌を姫君に贈ったことを思い出す。その時お供で一緒だった人々も、



「あの風流だった八の宮のお住まいをもうお訪ねすることもできなくなりまして」



 などと言い、大方の世の無常のはかなさを口々に匂宮に言うので、匂宮はなおさら姫君をなつかしく訪ねてみたいと思うのだった。



 つてに見し宿の桜をこの春は

 霞へだてず折りてかざさむ



 と遠慮ない気持ちを書いて贈る。


 姫君たちは呆れたとんでもないことを言うと手紙を見ながら退屈していたときでもあり、見事な手紙の表面の心情だけでも無にしては悪いと思い、中の君から、



 いづくとか尋ねて折らむ墨染に

 霞みこめたる宿の桜を



 と返事をするのだった。

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