椎本 その四十一

 京に帰って匂宮に会ったときは薫の君はまず宇治の姫君たちのことを話題にする。八の宮が亡くなった今は何といっても気兼ねなくなったと思って匂宮は心を込めた手紙をしきりに差し出した。姫君たちはさりげない返事も差し上げにくく、気の置ける人と思っている。



「匂宮はとても色好みという噂の高い人なので、何か私たちをあだっぽい恋の遊び相手として考えていらっしゃるのかもしれない。こんな片田舎に埋もれた葎の宿から返事を差し上げたりしたらその筆跡もどんなに稚拙で時代遅れなものと見るだろう」



 などと思ってとても返事などできはしないと気を腐らせている。



「それにしても月日というものは何と驚くほど早々と過ぎ去ってゆく。あまりにもはかなかった父宮のお命もまさか昨日今日のこととは思わず、ただ世の中は無常ではかないということを明け暮れのこととして見聞きして過ごしていたのに、どうせ自分たちも父宮も死ぬときはそう時間に隔たりもないだろうなど迂闊にも考えていた尾曾嵩。これまでのことを思い返してみてもたいして望みの持てるような暮らしでもなかったけれどただ時の経つのも知らずのんびりとあれこれ思いながら暮らし、何かにおびえたり気兼ねしたりすることもなく過ごしてきたのに、これから後は風の音も荒々しく聞こえ、めったに見ない人々が連れ立って突然訪ねてきて案内を請う声など聞くと思わず胸がつぶれそうになる。そんな恐ろしく情けないことばかりが多くなったのも、とても我慢できないことね」



 と二人でしんみり語り合いながら涙の乾く暇もなく嘆いているうちにその年も暮れてしまったのだった。

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