椎本 その四十

 この山荘も特にこれといった世間並みの室内飾りなどせず、至極質素にしていたようだが、それでもいつもいかにもこざっぱりと取り片づけられて邸の風情も奥ゆかしく趣があった。それが今では山の僧侶たちがしきりに出入りしてあちらこちらに部屋の間仕切りがしてある。


 八の宮の念誦の仏具や調度などは生前のままにしてあるが、



「仏像は皆、阿闍梨の寺にお移しすることにいたしましょう」



 と姫君に言うのを耳にしても、この僧侶たちの人影まですっかりいなくなってしまったらここに取り残される姫君たちの気持ちはどんなに淋しいことかと思いやるだけでも薫の君はしきりに胸が痛み、切ない物思いが尽きないのだった。供人が、



「すっかり暮れてしまいました」



 と促すので、薫の君は物思いから我にかえり、立つと空に雁が鳴いて渡っていく。




 秋霧のはれぬ雲居にいとどしく

 この世をかりと言ひ知らすらむ

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