椎本 その三十二

 まだ朝霧の深い明け方に匂宮は急いで起きだして手紙を差し出す。




 朝霧に友まだはせる鹿の音を

 おほかたにやはわれとも聞く




「もろ声と仰せなら私も鹿におくれをとらずに一緒に一緒に泣かせていただいております」



 と書かれているが、大君はそれを見て、



「あまり人情を知ったふうに振舞うのもあとが面倒になる。これまでは父宮お一人の庇護の蔭に守られていたのを頼みにして何につけても暢気に過ごしてきたけれど、これから先思いのほかに生き永らえてもし思いもよらない男殿間違いが少しでもあったらただそれだけがとても心配なようだった父宮の御霊にまで疵をつけることになるだろう」



 と考えると、何につけてもとても気後れがして恐ろしく、返事も出せないのだった。

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