椎本 その三十一

 大君は気の毒になり、自分だけが悲しみを忘れ落ち着いているというわけではないが、返事の遅れるのを見るに見かねて、




 涙のみ霧りふたがれる山里は

 籬に鹿ぞ諸声に鳴く




 鈍色の紙に夜のため墨つぎもはっきりしないまま筆にまかせて無造作に書き、上包みにそのまま包んで渡した。


 木幡の山のあたりも今夜は雨でさも恐ろしそうだが、そんなことに物怖じしない男を使いに選んだと見え、気味の悪い笹の生い茂った山道も馬を休めず急がして使いは間もなく京へ帰りついた。匂宮の御前にもずぶ濡れのまま参上したのでご褒美をもらう。


 匂宮はこれまで見てきたのとは違う筆跡で前々のよりはもう少し大人びていていかにも風雅な書きぶりの手紙をどれが誰の筆跡なのだろうとしたにも置かないで見続け、すぐには寝ない。



「お返事を待つと言っては起きていらっしゃり、受け取ればまたいつまでも眺めていらっしゃるのはいったいどれほどこの姫君にご執心なのでしょう」



 と側の女房たちはひそひそ囁きあって憎らしく思う。きっと匂宮の付き合いで自分たちも夜遅くまで起きていて眠いからなのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る