椎本 その三十
中の君は、
「父宮の亡くなられた後、今日まで生き永らえてこうして硯など引き寄せて手を触れようなどとは思ってもみただろうか。よくまあ情けないことにこうして日数ばかりが過ぎてゆくこと」
と感慨にふけるとまた涙に目が曇って何も見えないような心持ちがするので、硯を押しやって、
「やはりどうしても私は書けそうもありません。ようやくこうして起きていられるようになりましたけれど、やはり悲しみにも限りがあって、時が経てばこんなふうに薄れるのかと思うのも、そんな自分が疎ましくて情けなくて」
といじらしく泣きしおれているのもいかにもいたわしく見える。夕暮頃京を発った匂宮の使いが宇治に着いたのは夜も暗くなってからだった。
「今からどうして京へ帰れましょう。今夜はここに泊ってゆくように」
と大君は女房から伝えたが、
「すぐに引き返して京に帰ります」
と使者は急いでいるのだった。
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