椎本 その十三

 この前氏を訪ねてからもうずいぶんになると思い出し、薫の君は久々に出かけた。七月頃のことだ。


 都にはまだ感じ取れない秋の気配が音羽山の近くになると風の声もとてもひんやりとして槙の尾山のあたりも少し木の葉が色づきはじめている。宇治まで来てみると、秋色は風情深く珍しく思う。まして八の宮はいつもより薫の君の訪れを待ちかねて喜んで迎えた。今回は特に心もとないような話を八の宮はあれこれとたくさんするのだった。



「私の死後、何かのついでで結構ですからこの姫たちをお見捨てにならず、面倒を見てやってください」



 などそちらへ話を向けながらそれとなくほのめかす。薫の君は、



「前にもちょっとそういう意向は承っておりますので、決しておろそかに思うことはございません。この世には未練を残さないようにと万事かかわりを切り捨てております立場なので行く末も望み少なく、何かにつけ頼りにならない前途の望みも少ない身の上ですが、それなりにこの世に生きております限りは決して変わらない私の誠意はお見届けいただけると存じます」



 などと言うので、八の宮は喜ばしく思うのだった。

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