椎本 その十四

 まだ明け方には遠く、月が明るく輝いて山の端に沈むのも間もないと見えるので、八の宮はしみじみと念誦をして昔の思い出話をする。



「この頃の世の中はどうなっているのでしょう。昔はこんな美しい秋の月夜は宮中あたりでは帝の御前で管弦の遊びが催され伺候したものでした。その中で名人と言われる人々の物々しく拍子をとった大げさな演奏よりも音楽の嗜みが深いと評判の女御や更衣たちがそれぞれ内心互いに張り合っていながら表面は仲良さそうに見せかけていても夜更けて人の寝静まったころに人の心をそそるように悩まし気に弾きだす琴の調べがほのかに洩れてくるのなど聞き甲斐のあることが多かったものでした。


 何につけても女というものは人に愛玩される程度で他愛ないものですが、一方、人の心を悩ます種にもなります。そのため女は罪障が深いのでしょうか。子を思う親の心の闇を考えてみましても男の子はそれほど親に心配はかけないものなのでしょう。それに比べて女は運に限りがあって、どうしようもないものとあきらめてはいてもやはり非常に気がかりでなりません」



 とありふれた世間話にかこつけて言うのを聞いて、いかにもそう心配するのももっともだと八の宮の心中を薫の君はいたわしく拝察するのだった。

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