椎本 その十

 八の宮はいつも何かと心細い毎日を過ごしていたが、とりわけ春の日永の所在なさはいっそう身にこたえて物思いにとらわれている。


 姫君たちが日とともに成長して大人びていた器量がいよいよすぐれて申し分なく理想的に美しくなったにつけても、八の宮としてはかえって苦の種になり辛いのだ。むしろ姫君がもう少し不器量だったらこれほどもったいないとか惜しいとか思う気持ちもさほど強くはなかったかもしれないと、明け暮れひとり心を痛めいているのだった。今年、大君は二十五歳、中の君は二十三歳になった。


 また八の宮は慎重に物忌みしなければならない厄年に当たっている。それもなんとなく心細く思い、勤行を常よりも怠りなくする。今はもうこの世に何の執着もなく、あの世への旅立ちの用意ばかりを考えているので極楽往生することは間違いないはずだ。ただ姫君たちのことが心配なあまり無類の道心堅固でいるのに姫君たちへの心配が絆になり、いよいよ臨終という折にはおそらく心が取り乱されることだろうと側の女房たちもいたわしく拝察しているのだった。

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