幻 その九

 三月になって春が深まりゆくにつれ、庭の景色は紫の上の生前のころと変わらず見事に見渡される。特に春の花を観賞しようという気持ちではないのだが、心は落ち着かず何を見ても紫の上を思い出し、悲しく胸がいたわしくなるので、およそこの憂き世とは別世界のように鳥の声も聞こえないような山奥に行ってしまいたいという気持ちばかりがいよいよ強くなっている。


 山吹などがさも気持ちよさそうに咲き乱れているのを見ても、たちまち山吹も悲しみの露に濡れているように目に映るのだ。


 よそでは一重の桜が散って八重桜もその花盛りのときは過ぎて、樺桜が開き、藤はそのあとから色濃くなったりするようだが、紫の上はその遅く咲いたり早く咲いたりするそれぞれの花の性質をよくわきまえていて様々の種類の花々をある限り集めて植えておいたので、それらの花々が時を忘れずに次々咲き満ちているのを三の宮が見て、



「私の花が咲いたよ。何とかしていつまでも咲き散らしたくないな。木のまわりに几帳を立てて、帷子を垂らしておいたら風だって吹いて来られないでしょう」



 とさもうまく考え付いたと思っている顔が本当に可愛らしいので、光源氏は思わず微笑んでいるのだった。

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