夕霧 その六十五

 九月十日過ぎのこと、野山の景色はものの情趣の深くわからない者さえ感動させるほどの風情がある。


 山風に耐え切れず木々の梢の葉も心せかれるように散っていく葉音の間から尊い読経の声が聞こえ、念仏の声ばかりして人の気配はほとんどない。


 木枯らしが吹きすぎる中に鹿が垣根のすぐそばに佇んで山田の鳴子の音にも驚かず、濃く黄金色に色づいた稲田の中に入って鳴いているのも雌恋しさを訴えているような愁い顔だ。


 滝の音はいっそう恋に悩む人の悲しみをそそるかのように、ごうごうと轟き響いている。草むらの虫だけが心細そうに鳴き細って枯草の下から竜胆だけがわがもの顔にすっとのび、露にしっとりと濡れているなど、すべては毎年見慣れた晩秋の景色だが、時も場所もいかにもふさわしく、いっそう堪えがたいほどの哀愁を感じさせるのだった。

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