夕霧 その六十六

 夕霧は例の妻戸のそばに立ち寄ってそのままあたりを思いに沈んだ表情で眺めている。少し着慣れて柔らかくなった直衣に濃い紅の下の着物の艶がとても清らかに透けて見える。


 光が弱くなった夕日がちょうど自然に射してきたのをまぶしそうにさりげなく扇をかざしてよけている手つきを、



「女こそこんなに美しくありたいもの、でもとてもこれほど美しくはなれない」



 と女房たちはつくづく見惚れている。眺めるだけでも物思いも忘れてしまい、つい微笑みたくなりそうな、美しく魅力的な表情で小少将の君を名指しで呼んだ。


 たいして広くはない簀子なのだが、御簾の奥にほかの女房がいるかもしれないと気にしてこまごまとした話はできない。



「もっと近くに寄って。そうすげなくしないでくださいよ。こんな山深くまで分け入ってくる私の気持ちに対してもそんなに他人行儀な扱いをしてよいものか。あなたが見えないほどに霧もとても深くなったことだし」



 と言ってわざと小少将の君を見ないふりして山のほうを眺めて、



「もっとこちらへ、もっと」



 としきりに言うので、小少将の君は鈍色の几帳を簾の端から少し押し出してそこからこぼれ出る着物の裾を引き寄せて座っているのだった。

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