夕霧 その四十五

「先夜、小野の山里の風で風邪をひいて病気になって気分が悪いとでも面白く書いておあげになれば」



 と言う。



「まあ、そんなつまらないことばかりいつもおっしゃるものではない。何の面白いことなどあるものですか。私を世間並みの浮気男と思っていられるのを聞くとかえってきまりが悪くなる。ここの女房たちも滑稽なほど生真面目一点張りで野暮天の私をこんなふうに疑っておっしゃるとは笑っていることだろう」



 と冗談めかして言い紛らわし、



「さあ、あの手紙はどこにあるのです」



 と言うが、すぐには持ち出さない。その間、まだ話しながらしばらく二人で横になっているうちに日も暮れてしまった。


 蜩の声に目を覚まして夕霧は、



「小野の山里はどんなに霧が深く立ち込めていることか。訊ねもせず手紙の返事も出さず、何ということだろう。せめて今日はあの返事だけでもしなければ」



 と御息所が気の毒になって表面は何気ないふうを装って墨を摺りながらあの手紙をどういうふうにしたと取り繕ったものかと思案に暮れっているのだった。

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