鈴虫 その二

 閼伽の器は例の通り際立って小さく作られていて、それに青、白、紫の蓮の増加を色どりよくきれいに飾ってある。香は荷葉の調合法を名香に、蜂蜜を控えめに加えて、ほろほろに粉末にしたものを薫き匂わせてある。それが百歩の衣香とひとつになって匂い合い、何とも言いようのない奥ゆかしい香りがした。


 経巻は六道を輪廻する衆生のために六部書かせて、女三の宮自身の持経は光源氏が自分で書いた。せめてこのお経だけでも現世の夫婦の結縁のしるしとして来世では互いに手を引き合って極楽往生できるようにとの祈りをこめて願文を作らせた。


 その他には阿弥陀経を唐の紙はもろく、朝夕手にとって誦むのようには適当ではないと、宮中の紙屋院の役人を呼び寄せて特別に光源氏から直接申し付け、念入りに見事に漉かせた紙に、この春ごろから光源氏が心を込めて熱心に準備して書いただけの甲斐があって、そのほんの片端を見た人々は目もくらむように驚嘆する。罫に引いてある金泥よりも、お経の墨の色がいっそう輝いて見えるのもほんとうに世にも珍しい出来栄えなのだった。経本の軸、表紙、箱などその素晴らしさは今さら言うまでもない。中でもこの阿弥陀経は特別に沈の香木で造った華足のついた机にのせ、本尊の安置してある同じ帳台の上に飾られているのだった。

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