横笛 その十一

 夕霧が和琴を引き寄せると、律の調子を整えて、そのお琴はとてもよく弾きこまれ、女二の宮の移り香がしみこんでいるのもなつかしい気がする。



「こんなしっとりした女住居にこそ恨みのない浮気者が来たら自制心を失って醜態を演じるはめになり、みっともない浮き名を立てたりするものなのだ」



 など考え続けながら夕霧の大将は和琴を掻き鳴らしている。そのお琴は亡き柏木が生前いつも弾いていたものなのだった。おもしろい曲を一つ少しばかり弾いて、



「ああ、柏木は世にもすばらしい音色にお弾きでしたね。このお琴にもきっとあの音色がこもっていることでしょう。ぜひ一曲、女二の宮からお聞かせいただいて、それを確かめとうございます」



 と言う。御息所は、



「あの人がお亡くなりになってからは琴の緒も切れてしました。女二の宮は昔小さいころのお遊びにお弾きになった曲さえ、ふっつりとお忘れになったようでございます。昔、朱雀院の御前で女宮たちがそれぞれお得意のお琴を試しに弾き、朱雀院にお聞きいただきました時も、この女二の宮は音楽についてそうとう才能がおありだと判定をいただいたようでございます。それなのに今ではすっかり別人のようにぼんやり放心しておしまいになり、物思いに沈みこんで日々をお過ごしですので、この和琴も悲しい思いを誘う種とお考えのようにお見受けいたします」



 と言うのだった。

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