柏木 その六

 父大臣はそうとは知らず、



「おやすみになっていらっしゃいます」



 と柏木が女房に言わせたので、そう信じ込まされてひそひそとこの聖と話している。


 年はとったが相変わらず陽気な面があり、よく笑う人がこのような修験者たちと差し向かいで柏木が病気になった当初の様子や何となくはっきりしないまま長引いて次第に重態になったことなどを話し、



「ほんとうに女の物の怪がついているなら正体を現すように祈祷してください」



 などこまごまと神経を使って依頼するのも実にいたわしいことだ。柏木は小侍従に、



「あれを聞きなさい。何の罪科のせいともご存知ないのに。占うに出た女の霊というのが私には合点がいかない。本当にあの人の生霊が私の体に妄執となって憑りついているのなら我ながら愛想も尽き果てたこの自分の体がかえってこの上なく大切なものに思われることだろう。それにしても身の程もわきまえない恋心を持ってあってはならない過ちをしでかして相手の人の浮き名も立て、身の破滅を顧みないといった例は昔の世にもなかったわけではないと思い直してみるのだけれど、やはり何となく気が咎めて恐ろしく光源氏様のお心にこうした罪を知られてしまったからにはもうこの世に生きながらえているのも面目なくて、怖ろしさに目がくらむように思われるのはいかにも並々ならない光源氏様の威光のせいなのだろう。それほどひどい大罪を犯したというわけではないのにあの試楽の日に目を合わせた夕べから気持ちが掻き乱れたままさ迷い始めた魂がそれっきり自分の体に戻らなくなったのだ。もしその魂が六条の院の中で女三の宮を求めてさ迷っているのだったら、魂結びのまじないをしてどうかこちらに戻しておくれ」



 など、とても弱弱しそうに魂の抜け殻のような有様で泣いてみたり笑ってみたりしながら話すのだった。

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