若菜 その三〇四

「こちらの女三の宮の御賀の支度はただそれだけでご覧の通りです。簡略すぎて世間の人はこちらの志が浅いと思うでしょうが、そうは言ってもあなたはさすがによく朱雀院の思いを心得ていて、そう言ってくださるのでやはり私の考え通りでよかったとすっかり安心できました。夕霧は宮中でのお役目のほうはようやく一人前になってきたようですが、こうした風流めいたことに関してはもともと性に合わないのでしょうか。朱雀院は何事にも通じていて、不得手なものといってはおありにならない中にも、音楽方面のことは特に熱心で、造詣が深くていらっしゃるから、あなたのお話のようにすっかり俗世は思い捨てていらっしゃるようでも雑念なく心静かに音楽をお聞きあそばすとなれば、今のほうがかえってこちらはいっそう気遣いされるのです。どうか夕霧と一緒に面倒を見て舞の子供たちの心構えや嗜みをしっかり教えてください。専門家の師匠というものはただ自分の専門の芸だけはともかく、さっぱり行き届かないものです」



 などいかにも親しそうに頼むのはうれしいものの、身がすくむように気づまりに感じ、柏木は言葉少なで、光源氏の前から一刻も早く立ち退きたいとばかり思う。いつものように細々と話もせず、ようやくのことで御前を滑り出たのだった。

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