若菜 その三〇三

 柏木のほうは身の置き所もないほど恥ずかしい思いで顔色も変わっているに違いないと感じ、返事もとっさには出てこない。



「幾月もの間、方々に病人がいらっしゃり新通との噂を承って私も陰ながら案じ申しあげておりましたが、日ごろの持病の脚気がこの春あたりから困惑するほどひどく悪化して足もしっかり立たなくなってしまいました。月が経つにつれ、衰弱がますますひどく難渋しきっておりましたので、宮中への参上も叶わず、世間ともすっかり交渉を絶ったようにして邸に引きこもってばかりおりました。今年は朱雀院のちょうど五十歳におなりあそばす年なので、人よりはことに念を入れて年を数えてお祝い申し上げなければならぬと父大臣も考え及んで話しておりましたが、



『すでに自分から官職を辞した身分で、人に先んじて御賀に出仕したとしても座る席もない。官位は低くてもお前は私と同様に御賀に対して深い志を抱いているだろう。その気持ちをご覧いただくがよい』



 としきりにすすめられたので、重い病体を無理におして参上したことでした。朱雀院は、今ではますます閑寂なお暮らしぶりで、仏道に専念なさいまして、仰山な御賀の儀式などをお受けになさいますようなことはお望みではないように拝察いたしました。御賀は万事簡素になさいまして、静かに女三の宮といろいろなお話をあそばされたいとの深い希望を叶えさせてさしあげるほうが、何よりのことかと存じられます」



 と言うと、盛大だったと噂に聞いている落葉の宮の御賀のことをその夫として自分が行ったとは言わず、父の思い立ちのように言うところも心遣いが行き届いていると光源氏は思うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る