若菜 その三〇二

 六条の院についたのはまだ上達部なども集まっていない時間だった。今まで通り側に近い御簾の内に入って光源氏はおろされた母屋の御簾の奥から対面する。


 柏木を見るとひどく痩せて青ざめている。いつも誇らしげに陽気で華やかに振舞うという点では弟君たちに気圧されているもののたしなみ深そうに落ち着きかえっている態度は際立っていて、今日はまたとりわけ物静かに控えている姿はいかにも皇女たちの夫として並べて見ても少しも不都合ではないと思う。ただ今度の密通の件についてはふたりのどちらもまったく無分別だったのがどうしても許せないのだ、などと思って柏木の顔を見つめるが、言葉はさりげなくとてもやさしく、



「何ということもなくて長く会いませんでしたね。この幾月かはいろいろな病人の看病で心にゆとりがなかったのですが、朱雀院の御賀のためこちらにおいでの女三の宮が法事をしてさしあげることになっていたのに、次々支障が重なって起き、何もできないうちにこうして年の瀬も押し迫ってしまいました。思うように十分なこともできませんが、ほんの型通りの精進料理をさしあげようと思っています。御賀などといえば仰山に聞こえますが、この家に生まれた子どもたちも多くなりましたので、朱雀院にご覧いただこうと思い、その子供たちに舞の稽古などさせ始めました。せめてそれだけでも無事にやり遂げたいと思うのですが、拍子をうまく合わせるように指導していただくには、あなたをおいて誰があろうかと思案を巡らせたあげく、ここ幾月も訪ねてくださらなかった恨みも捨ててしまってお呼びしたのですよ」



 と言う顔つきは何のこだわりもなさそうに見えるのだった。

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