若菜 その二七九

「お仕えする人がたとえ帝であってもただ素直に表向きのお勤めをしているという気持ちだけでは後宮の生活も何となく面白くないので、深い愛情を見せる男切なる求愛の言葉になびき、お互いに深い情を交わしつくしあってそのまま見過ごせないような折節の男の恋文に返事もするようになり、自然に心が通うようになったという間柄では同じ密通という不届きな行いであってもまだ同情の余地もあろうか。自分のことながらも柏木風情の男に女三の宮が心をお移しになろうとは思いもよらなかったのに」



 と非常に不愉快に思っているのだが、顔色にそれと出すべきことでもないとあれこれ悩むにつけても、



「亡き桐壺院も今の自分と同じように心のうちでは何もかもあの藤壺の宮との密通のことを承知でいらして、その上で素知らぬふりをなさっていらっしゃったのではないだろうか。思えばあの昔の一件こそは何と恐ろしいあるまじき過失だったことか」



 と身近な自分の過去の例を思い出すにつけ、昔から言うように「恋の山路」は迷うものなので、それを迷う人を非難するなどできた義理かという気持ちになるのだった。

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