若菜 その二二七

「秋好む中宮の母六条の御息所こそは並々ならず愛情深く、優艶なお人柄としてはまず第一に思い出されるお方でした。ただどうも会うのに気が引けてつらくなってしまうような気難しいところがありました。あちらが私のことを恨まれたのも当然のことがあり、それも仕方がないことでしたが、そのままずっとそのことを思いつめ長く恨み通されたのはこちらとしてはどんなに苦しかったことか。少しも油断できず緊張のしつづけで、お互いにのんびりと気の許し合って朝夕仲睦まじく暮らすにはとても気のおけるところがあったのでうっかり気を許してはバカにされるのではないかとあまり体裁ばかりつくろっているうちにそのままつい疎遠になってしまった仲なのでした。私との間にとんでもない軽々しい浮き名が立って、ひどく名誉を傷つけ、身分が汚されてしまった口惜しさをそれは深く思いつめていらっしゃったのがお気の毒で、確かにお人柄を考えてみても私に罪があったと思っているまま、二人の仲が途絶えてしまったのです。その罪滅ぼしに秋好む中宮をこうした前世からの宿縁とは言いながら私がお引き立てして世間の非難も人の恨みも意に介さずお力添え申し上げているのです。それをご覧くださったら六条の御息所もあの世からでも私を見直してくださるでしょう。今も昔も私のだらしない浮気心から相手にはおいたわしく思い、私としては悔やまれることも多いのです」



 とこれまで関わり合った人々の身の上を少しずつ話すのだった。

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