若菜 その一八四

 俗世を捨てて深い山に隠れてしまった夫の明石の入道のことも恋しく、あれこれともの悲しい気分に引き込まれるのを、一方では涙は縁起でもないと思い直して、今日はめでたい日なので慎重に言葉を運び、




 住の江をいけるかひある渚とは

 年経るあまも今日や知るらむ




 返事に手間取っては失礼に当たるだろうとただ心に浮かんだままを尼君は返す。




 昔こそまず忘られぬ住吉の

 神のしるしを見るにつけても




 とひとり口ずさむ。


 一晩中、歌舞の遊びで明かした。二十日の月は空高くはるかに澄んで、海の表面は月光にきらめきはるばると眺め渡されるのに、浜には霜が厚く置いて、松原も霜の色と紛れるほど白く、あらゆるものが何となく身にしみ寒々として城主も哀れさもひとしお深く感じられるのだった。

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