若菜 その一二四

 尼君はしばらくして涙をおさめてから明石の君に、



「あなたのおかげで撃荒れしく晴れがましいことも身に余るほど味合わせていただき、またとない幸せだとありがたく思っております。けれどもまたあなたのために悲しく暗い思いをしたことも人並み以上でした。人数にも入らない身分でも長年住み慣れた都を捨ててあんな田舎に落ちぶれ住んでいただけで、人並みでない不運な宿縁なのだと思っていましたが、まさか生きているこの世で遠く離れて別れ別れに暮らすようになる夫婦仲だとは思いもかけませんでした。必ずあの世でも同じ蓮の上に住もうと来世の望みまでかけて夫婦で長い歳月共に暮らしてきて、突然こんな思いもかけぬことが起こり、一度は捨てた都にまた舞い戻ってまいりました。それにつけても生き甲斐のあるあなたの今のお幸せな身の上を拝見して、嬉しいながらも一方では明石の入道のことが気掛かりでいつも悲しさの絶えたことはなかったのです。それなのにとうとう明石の入道とはこうして逢うこともなく離れたまま、今生の別れになってしまったのが残念でなりません


 あの人は俗世で勤めていた頃でさえ人とは変わった偏屈者だったため、世を拗ねていたようでしたが、まだ若かった私たちは互いに頼りにしあって夫婦仲もしっくりしていたのです。ふたりとも本当に心から深く信じあっていましたのに。何の因果ですぐ便りも聞けるこうした近くにいながらこれほど辛い別れをしなければならないのでしょう」



 と言い続けて世にも悲しそうな泣き顔になるのだった。

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