蛍 その九
鳴く声も聞こえぬ虫の思ひだに
人の消つには消えゆるものかは
「この思いをおわかりくださいましたでしょうか」
と兵部卿の宮は言った。こうした時の返歌を、時間をかけて思案するのもすなおでないので、ただ速いだけを取り柄に、
声はせで身をのみこがす蛍こそ
言ふよりまさる思ひなるらめ
などと、わざとさりげなく返事して、玉鬘自身は奥へ入っていったので、兵部卿の宮は、いかにもよそよそしい扱いを受けるつらさに、とても恨む。そこに夜明けまでいるのは、いかにも好色がましいようなので、軒の雫の絶え間もないほどに、満たされぬ恋の辛さに苦しくて、雨と涙に濡れ濡れ、まだ暗いうちに帰っていった。そのとき、五月雨の物思いの夜にふさわしく、ほととぎすなどがきっと鳴いたことだろう。それを聞いて歌も詠んだのだろうが、そんなことまではいちいちわずらわしいので耳にもとめなかった。
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