胡蝶 その八

 兵部卿の宮はまた、長年連れ添った北の方が亡くなり、この三年ばかり一人住まいの寂しさをかこっているので、何の気がねもなく、結婚したい気持ちを漏らす。今朝もすっかり酔ったふりをよそおい、藤の花を冠に挿してあだっぽくふざけている様子は、とても魅力があった。光源氏も思惑通りと、内心得意だが、つとめて気づかない顔をしている。


 兵部卿の宮は光源氏から盃を頂くときに、ひどく困って、



「心に思い悩んでいることがなければ、このまま逃げて帰りたいところです。もうお盃は頂戴できません」



 と盃を辞退した。




 紫のゆゑに心をしめたれば

 淵に身投げむ名やは惜しけき




 と言って、光源氏に「同じ挿頭を」と、盃に添えて藤の花をあげた。光源氏は機嫌よく笑い、




 淵に身を投げつべしやとこの春は

 花のあたりを立ち去らで見よ




 と、しきりに引き留めるので、兵部卿の宮は帰ることもできず、今朝の管弦の遊びは、昨夜以上にまたいっそう興深いものだった。

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