初音 その十九

「皮衣はそれで結構ですよ。山伏の蓑代わりに阿闍梨にお譲りになってよかったでしょう。ところで、この惜しげもなくお召しになれる白絹の下着を、どうしてあなたは、七重にも八重にも重ねてお召しにならないのでしょう。お要り用の節には、私のほうでうっかり忘れているようなときも、その度、おっしゃってください。私はもともとまぬけで鈍い性分なので気づかないのです。まして公私ともに色々な用事が次々と出てくるものですから、つい行き届かなくて」



 と言い、向かい側の二条の院を開けさせて、絹や綾の織物を差し上げた。東の院は荒れているところではないのだが、光源氏が住まないので、あたりはひっそりと物静かで、庭前の木立ばかりがとても面白い風情を見せ、紅梅の咲き初めた色合いの美しさなどを、誰も鑑賞する人もいないのを、光源氏は見て、




 ふるさとの春の梢にたづね来て

 世の常ならぬ花を見るかな




 と独り言を言ったが、末摘花は、歌の意味がわからなかったことだろう。

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