玉鬘 その十五

 帰ろうとして庭に下りるときに、大夫の監は歌を詠みたくなったので、やや長い間思案をめぐらせたあげくに、




 君にもし心たがはば松浦なる

 鏡の神をかけて誓はむ




「この和歌は、我ながら上出来だと存ずるが」



 と言って、にこにこと笑っているのも、こうした恋歌のやり取りなどには不慣れのようで、初心らしく見えた。


 乳母は人心地もなく上の空なので、とても返歌どころではなかった。娘たちに詠ませようとするが、



「私たちでは尚更恐ろしく気も遠くなりかけていて」



 と娘たちは坐り込んだままだった。時も経つばかりなので困ったあげく、乳母は心に浮かんだままに、




 年を経て祈る心のたがひなば

 鏡の神をつらしとや見む




 と震え声で詠み返したのだった。

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