乙女 その六十

 藤典侍は、年齢よりもませていたのだろうか、その手紙を見てうっとりして心惹かれた。緑色の薄様紙に、気の利いた色取りの紙を重ねてあるのに、筆跡はまだ幼びているが、将来の上達ぶりが頼もしく思われる字で、実に見事に書いてあった。




 日かげにもしるかりけめや乙女子が

 天の羽袖にかけし心は




 二人でそれを見ていたときに、父の惟光がいきなりそこに来た。恐ろしさに二人は慌てふためいて手紙を隠すこともできない。



「どういう手紙か」



 と言って取り上げるので、藤典侍は顔を真っ赤にした。



「怪しからんことをしたな」



 と怒るので、兄が逃げていくのを呼び戻して、



「誰の手紙か」



 と問い詰める。



「夕霧様が、こうおっしゃってお渡しになったのです」



 と答えると、惟光はさっきの怒りはどこへやら、打って変わった笑顔になり、



「何と可愛らしい若君の戯れ心ではないか。お前たちは夕霧様と同じ年なのに、話にもならないほどのぼんやりものだ」



 などと夕霧をほめて、妻にもその手紙を見せた。



「夕霧様が、娘を多少とも人並みに思ってくださるのなら、当たり前の宮仕えをさせるよりは、いっそこの夕霧様にさし上げようではないか。光源氏様の女君へのお心がまえを拝見していると、いったん愛情をおかけになったら、自分からは忘れまいとなさり、実に頼もしいものだ。私も明石の入道のようになれるかもしれないな」



 などと言うが、誰も相手にしないで、家人は宮仕えの支度に大わらわなのだった。

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