乙女 その三十八

 それではこれからは、ますます手紙のやり取りも難しくなるだろうと思うと、夕霧はひどく悲観した。大宮が食事などをさし上げても何も食べず、寝たようだったが心も上の空で、人々が寝静まったころ、雲居の雁の部屋の中仕切りの襖を引いてみたが、これまでは特に錠を下ろしていたりもしていなかったのに、今夜はしっかりとかけられていて、人の気配もしなかった。夕霧は言いようもなく心細くなって、襖に寄りかかっていると、雲居の雁も襖の向こう側で目を覚ました。


 竹を渡る風が葉をさやさやと鳴らす音がして、空を雁の鳴き渡る声もかすかに聞こえてくるので、雲居の雁の子供っぽさにもしみて、あれやこれやと哀しい思いをしているのか、



〈雲居の雁もわがごとや〉



 と、空をゆく雲の上の雁も私のように悲しみにくれて鳴いているのかと一人口ずさんでいる気配が、初々しくいかにも可愛らしい感じだった。夕霧ももうたまらなくなって、



「この襖を開けてください。小侍従はいませんか」



 と声をかけるが、返事もない。小侍従というのは、雲居の雁の乳母の子だった。

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