薄雲 その二十六

 僧都は、



「おお、もったいない。拙僧は、仏が秘密にして教えてはならぬと禁じた真言の秘法さえも、帝には何一つ隠さずすっかり伝授しました。まして、わが心に秘密にしていることなど、何がございましょうか


 これは過去未来を通じての重大事でございますが、このまま隠しておきましては、亡くなられた桐壺院と、藤壺の宮様、それに現在世の政治をとっている光源氏様の身のためにも、かえってすべてよくない噂として世間に漏れて広がりましょう。拙僧のような老いぼれ法師には、たとえどのような禍いを蒙りましょうとも、何の後悔がございましょうか。仏天のお告げがありましたからこそ、奏上いたすのでございます


 帝を懐妊あそばしたころから、亡き藤壺の宮様は深くお嘆きになられる仔細がございまして、拙僧に祈祷を命じました。くわしい事情は、法師の身には理解しかねます。そのうち不慮の事件が起こりまして、光源氏様が横道な罪を蒙られ配流になられましたとき、亡き藤壺の宮様はますます怖がられ、重ねて数々の祈祷を拙僧に仰せ付けられました。それを光源氏様もお聞きになられて、またその上に大臣から祈願も付け加えて、祈祷を命じました。帝が即位あそばすまで、いろいろと拙僧に祈祷をさせていただく事柄がございました。


 その承りました祈祷の仔細と申しますのは」



 と言いさして、それから詳しく奏上するのを聞くと、あまりにも意外で、とてもありえないような浅ましいことだったので、帝は恐ろしくも悲しくも、様々に心が乱れた。

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