薄雲 その十四
光源氏は、大堰の山里の明石の君の所在無い淋しい暮らしも忘れず思いやっている。正月の、公私につけて何かと忙しいときを過ごしてから、ようやく大堰に出かけた。
いつもよりことに念入りに身じまいをして、桜襲の直衣の下に、言いようもなくすばらしい召物を重ね着して、それには香をよく薫きしめてあった。紫の上に出かけの挨拶をするその姿が、隈なくさしこむ夕日に照らされて、いつもよりひときわ美しく見えた。紫の上はそんなおしゃれをした光源氏を、おだやかではない気持ちで見送った。
姫君は無邪気に指貫の裾にまつわり甘えて、あとを追い御簾の外までついて出てしまいそうになる。光源氏は足を止め、そんな姫君をとてもいとしく思い、何とかなだめすかして、催馬楽の一節の〈明日帰りこむ〉を口ずさみながら出かけた。
紫の上は渡り廊下の戸口に待ち受けていて、女房の中将の君に歌を伝えた。
舟とむる遠方人のなくはこそ
明日帰り来む夫と待ち見め
とてももの慣れた口調で、中将の君が言うと、光源氏はいかにもはなやかに微笑み、
行きて見て明日もさね来むなかなかに
遠方人は心置くとも
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