絵合 その八

 二条の院で古い絵や新しい絵がたくさん入っている厨子を、いくつも開けて、紫の上と一緒に現代向きの絵をあれこれと選び出してそろえた。長恨歌、王昭君などのような絵は、面白く魅力があるのだが、不吉なことを描いたものなので、今度は縁起が悪いから献上しないことにして、選りのけらることになった。


 あの須磨、明石の旅の絵日記も取り出して、このついでに紫の上にも見せた。当時の二人の心境をよく知らないものが、初めて見ても、少し人の世の悲哀のわかる人なら、涙を抑えようもないほど、しみじみと心をうつ作品だった。まして忘れようもないあの頃の、夢かと思う辛い苦悩の記憶が、薄らぐときもない二人にとって、この絵日記から、今更のように昔のことを悲しく思い出さずにはいられない。


 この旅の絵日記をこれまで見せてくれなかった恨み言を、紫の上は言うのだった。




 一人ゐてなげきしよりは海人の住む

 かたをかくてぞ見るべかりける




「そうすれば、せめて心細さが慰められたでしょうに」



 と言った。光源氏は本当に可哀想に思って、




 憂きめ見しそのをりよりも今日はまた

 過ぎにし方にかへる涙か




 この絵は藤壺の宮だけには、ぜひ見せなければならないものだった。一応欠点のなさそうなものを一帖ずつ選ぶ。それぞれの浦の景色がはっきり描けているのを選びながらも、まずあの明石の浦の住まいのことが偲ばれて、今頃どうしているだろうか、と思わずにはいられなかった。

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