蓬生 その二十

「どうしたらいいだろう。こういう忍び歩きも、これからは容易くできそうにないし、こういうついでの折でもなければ、とても立ち寄れないだろう。昔のままで変わりがないと聞くと、なるほど、そんなこともありそうなと思われる末摘花の人柄なのだ」



 と言いながら、すぐに邸内に入ることは、やはり憚られた。気の利いた手紙でもまず送りたいが、あの頃の口の重たい癖まで昔のままだったら、使者の惟光が返事をきっと待ちあぐねるに決まっている。それも可哀想だと、手紙を届けることをやめた。惟光も、



「とても踏み分けになれないくらい、草むらの露がしとどでございます。従者に少し露を払わせてから、お入りになられましたら」



 と言うが、




 尋ねてもわれこそ訪はめ道もなく

 ふかき蓬のもとの心を




 と、ひとりごとのように呟き、車から下りた。惟光は足元の露を馬の鞭で払いながら、邸内に案内した。雨の雫が秋の時雨のように木々の枝から降り注ぐので、



「傘がございます。本当にあの〈木の下露は雨にまされり〉という古歌そのままでして」



 と惟光は言った。


 光源氏の指貫の裾は、じっとりと濡れそぼってしまったようだった。昔でさえ、あるかないかわからないくらいだった中門などは、今はなおさら跡形もなくなっていて、光源氏が入るというのに、全く格好もつかないのだが、その場に居合わせて見ているものもいないので、気兼ねがないというものだった。

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