蓬生 その十九

 御簾の内では、思いもよらず、狩衣姿の男が忍びやかに現れて、物越しも柔らかく案内を請うようだったので、こんな男の姿は長い間見慣れなくなっていたものだったので、もしかして、狐などが化けてでてきたのではないかと思った。惟光が近寄ってきて、



「確かなお話を伺いたいのです。もしこちらに末摘花様が昔に変わらずお暮らしでしたら、光源氏様もお訪ねしたい気持ちは、ずっと持っています。今宵も、このまま素通りしにくくて、車を止めたのですが、何と返事をすればよいでしょうか。怪しいものではないので心配なく、おっしゃってください」



 と言うと、女房たちは笑って、



「変わるような身の上なら、今頃こんな浅茅が原を移らないことがあるでしょうか。ただ、あなたがこの様子をご覧になって、推察なさった通りを申し上げてください。長年、様々なことを見尽くしてきた私のような年寄りの心にも、他にこんなためしはまたとあるまいと、気の毒な身の上を拝してまいりました」



 と、だんだん打ち解けて話し出し、問わず語りもしはじめそうな様子が、面倒に思ったので、



「よくわかりました。とりあえず、そのように報告しましょう」



 と言って戻った。光源氏は、



「どうしてこんなに長かったのかね。それでどうだった。昔の面影をとどめないほどの蓬の茂りだが」



 と言った。



「仰せの通りのひどい蓬の茂りようでして、その中を尋ねまわってやっと探しあてて会ってまいりました。侍従の叔母の、少将という年寄りが、昔と変わらない声をしておりました」



 と、惟光は邸内の様子を報告した。光源氏は、とても気の毒に思い、



「こんな草茫々の荒れ果てた中で、末摘花はどんな思いで過ごしているだろう。今まで迂闊にも訪ねてあげなかったことよ」



 と自分の心の冷たさも思い知らされるのだった。

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