桐壷 その三

 帝の、身に余る寵愛だけを頼りにすがっている桐壺の更衣は、何かにつけ、さげすみ、あら探しをする人々の多い中では心細くてならなかった。もともと病気がちで弱弱しく、いつまで生きられることやらと不安だった。帝のあまりにも深すぎる寵愛がかえって仇となり、さまざまな気苦労の絶える間もないのだった。


 桐壷の更衣の部屋は桐壺だった。桐壺は帝のいつもいる清涼殿から一番遠い位置にあった。帝が桐壺に通うときには、多くの妃たちの部屋の前を、素通りしなければならない。それもひっきりなしに通うので、それを見て無視された妃たちが妬ましく恨みに思うのも当然なことだった。


 また、更衣が呼び出されて清涼殿に上がるときも、あまりそれが度重なる折々には、打橋や渡り廊下の通り道のあちこちに、汚いものなどを撒き散らし怪しからぬしかけをして、送り迎えのお供の女房たちの衣裳の裾が我慢できないほど汚され、予想もできないような、あくどい妨害をしかけたりした。


 また時には、どうしてもそこを通らなくてはならない廊下の戸を、あちら側とこちら側でしめし合わせて閉ざし、外から錠をさして、中に桐壺の更衣やお供の女房たちを閉じ込めて恥をかかし、途方にくれさせるようなこともよくあった。


 こうして、何かにつけて、数え切れないほどの苦労が増すばかりなので、更衣はそれを苦に病んで悩み続け、すっかり塞ぎこんでしまった。それを見ると、帝はますます不憫さといとしさがつのるのだった。そこで、それまで後涼殿に部屋をもらって住んでいた、ひとりの更衣を他に移すように命じ、そのあとを愛する桐壺の更衣が清涼殿に呼ばれたときに使うようになった。追われた更衣の身になれば、どんなに口惜しく、その恨みは晴らしようもなかったことだろう。

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