澪標 その九

 乳母の一行は、車で京の町を去っていった。光源氏は、腹心の家来をつけ、このことは決して他言しないように、と口止めし、明石へやった。姫君のお守り刀や、そのほか必要な品々など、置き所もないほどいっぱい持たせ、心配りが行き届かないところがなかった。


 乳母にも、例のないほど細やかな配慮をし、心づけをたっぷりする。


 明石の入道が、新しく生まれた姫君をどんなにか大切にして可愛がっているだろうと、その様子を想像するだけでも、思わず、微笑むことも多く、またしみじみ気の毒にも思った。


 ただもう姫君のことばかりが、気にかかるのも、それだけ愛情が深いからなのだろう。明石の君への手紙にも、



「姫君を決しておろそかに扱ったりしないよう、大切に育ててほしい」



 とくれぐれも注意するのだった。




 いつしかも袖うちかけむをとめ子が

 世を経て撫づる岩のおひさき




 乳母の一行は摂津の国までは舟で、そこから先は馬を使って、急いで明石に着いた。


 入道は待ちかねていて一行を迎え、光源氏の配慮を有り難がり、この上もなく喜んだ。


 京のほうに向かって伏し拝み、並々ではない光源氏の気持ちを思うと、姫君がいっそう大切に思われ、恐ろしいまでの思いだった。


 小さな姫君が、本当に不気味なほど可愛らしいことは、たとえようもない。その顔を拝しては、



「なるほど光源氏様がもったいないお心から、この姫君を大切に考えるのも、もっともなことだったわ」



 とこんな辺鄙な田舎に旅立ってきて、夢を見ているようで、情けなく悲しかった気持ちも、消えうせたのだった。

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