澪標 その八

 この女は、昔、桐壺帝の前に時々出仕していたことがあったので、光源氏はその顔を見ることもあったが、今では女はすっかりやつれきっていた。家の様子も言いようもなく荒れ果てていて、さすがに大きな構えだが、木立など気味が悪いほど茂って、こんなところでどうやって暮らしてきたのだろうかと思われた。女の人柄は、若々しく愛らしいので、光源氏は見過ごすことはできない。何かと色めいた振る舞いをして、



「明石にやらずに取り返したい気持ちになってしまった。どうしたものだろうね」



 と言うのを聞いても、女は、本当に同じことなら、光源氏の側近くに仕えて、親しくしてもらえるなら、この辛い身の上もさぞかし慰められるだろうに、と思って、光源氏の姿を見ている。




 かねてより隔てぬ仲とならはねど

 別れは惜しきものにぞありける




「追いかけていこうかな」



 と言うと、女はニッコリとして、




 うちつけの別れを惜しむかごとにて

 思はむかたに慕ひやはせぬ




 物馴れた返歌ぶりなのを、なかなかやるものだよ、と光源氏は感心するのだった。

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