澪標 その七

 ところで、亡き桐壺院に仕えていた宣旨の娘は、宮内卿兼参議まで務めて亡くなった人の子供だったが、母にも死なれて、頼りない身になって不如意な暮らしをする中で可哀想な状態で子を産んだという噂を、光源氏は耳にした。その女に親しいつてがあって、何かの折に、その女のことを耳に入れた女房を呼び、その女房を介して、宣旨の娘に乳母になるように契約した。その女はまだ年も若く、世ずれていなくて、訪れる人もないあばらやに、明け暮れ物思いがちに過ごしている心細さから、深く考えてみようともせず、光源氏に縁のあることなら、ただもう結構な話だと思い込んで、奉公させていただく由を仲介の女房に返事した。光源氏は一方ではとても不憫な、と思いながらも、乳母を明石へ出発させることにした。


 光源氏は、何かのついでの折に、お忍びでその女の家に立ち寄った。女の方では、返事はしたものの、その後どうしたものかと思案にくれて思い悩んでいたところへ、光源氏がじきじき訪ねてきたものだから、ありがたさに、すべての不安が払われて、



「ただおっしゃる通りにいたします」



 と言った。


 ちょうど吉日だったので、出発をせかし、



「遠い明石に行けなどというのは、何だか思いやりのないようだけれど、これには特別な事情があることなのだ。この私も、思いがけないわび住まいの日々をそこで送ったこともあるのだ。そんな例もあったのだからと思うようにして、しばらくの間辛抱しておくれ」



 など、事のいきさつを詳しく話した。

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