明石 その三十七

 入道は、今日の旅立ちの用意を、実に盛大に整えた。


 お供の人々には、下々のものにまで、旅の装束を用意して贈った。いつの間にそれらを準備しておいたのだろうか。


 光源氏の装束は言いようもなく見事だ。


 本当に都への土産にするような立派な進物なども、いろいろ気を利かして、趣があり、何一つ行き届かないところはなかった。


 今日着ている狩衣の衣裳に、




 寄る波に立ちかさねたる旅衣

 しほどけしとや人のいとはむ




 と明石の君が書いた手紙が添えてあるのに目をとめて、光源氏は慌しい中にも、




 かたみにぞ換ふべかりける逢ふことの

 日数へだてむ中のころもを




 と言って、せっかく作ってくれたものだから、とその着物に着替えた。今まで体につけていた着物を、そっくり明石の君に贈った。かえってこれは、また一つ明石の君の思い出の種を加える形見の品となるだろう。何とも言いようもない素晴らしい移り香が、着物にこもって匂っているのは、どうして明石の君の心に深く染み入らずに入られようか。

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