明石 その二十七

 岡の邸の造りかたは、木立が深々と茂って、なかなか数寄を凝らした見所のある住まいだった。海辺の邸は、どっしりとして趣に富んでいるが、こちらはいかにもひっそりと物静かなたたずまいで、こういうところに暮らしていたら、ある限りの物思いをし尽くすことだろうと、住む人の心も思いやられて、しみじみと切なくなった。三昧堂が近くにあるので、鐘の音が、松風に響き合って聞こえるのももの悲しく、岩に生えている松の根でさえ、なにやら風情がありげだった。前庭の草陰には、秋の虫の声も限りに鳴きたてている。光源氏は邸内のここかしこを見た。

 明石の君を住まわせている一棟は、格別念入りに磨きたてて、月光のさし入った槙の戸口を、ほんの少し押し開けてある。


 内に入った光源氏が、ためらいがちに、あれこれと話しかけても、明石の君はこれほどまで近々と親しくお目にかかりたくはないと深く思い込んでいたので、ただ悲しくなって、少しも打ち解けようとしなかった。その明石の君の頑なな心構えを、光源氏は、



「何とまあ、ひどく上品ぶって気取っていることよ。もっと近づき難い高貴な身分な人たちでも、ここまで近づいて言い寄れば、気強く拒みきれないのが普通だったのに、自分が今、こんなに零落しているので、侮っているのだろうか」



 と癪に障り、さまざまに思い悩むのだった。



「思いやりなく、無理を押し通すのも、今の場合、ふさわしくない行為だ。かといって、このまま根比べになってしまっては、体裁の悪い話だ」



 などと、思い悩んで、恨み言を言っている光源氏の様子は、全く、物の情のわかる人にこそ見せたいようだった。

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