明石 その二十六

 親たちはこれまでの長年の祈りがいよいよ叶うことになるのだと思うものの、不用意に明石の君を会わせて、万一、人並みに扱ってくれなかったら、どんなに悲しい目にあうだろうと想像すると、心配でたまらず、



「光源氏様がどんなに素晴らしいお方だとしても、そんなことになったら、とても悲しく辛い思いがするだろう。それなのに目に見えない神仏におすがりして、肝心の光源氏様の気持ちも、娘の運命の行く末についてもわからないまま、勝手な望みを抱いたりして」



 などと、改めてあれこれ反省すると、とても心配になり、思い悩むのだった。


 光源氏は、



「この頃の波の音を聞くにつけても、あの話の人の琴の音を聞きたいものだね。さもないと、せっかくのこの秋の宵の甲斐もないではないか」



 などといつも言っていた。


 入道は内々吉日を占わせて、明石の君の母親がとかくあれこれ心配するのにも耳を貸さず、弟子たちにさえ知らせず、自分ひとりでことを運んで、明石の君を輝くばかりに美しく飾り整えていた。十三日の月がはなやかに差し出た頃合に、〈あたら夜の月と花とを同じくはあはれ知れらむ人に見せばや〉の古歌から引用して、ただ「あたら夜の」とだけ言った。今宵こそ、我が家の花をご覧ください、というつもりなのである。


 光源氏は、ずいぶん風流がっていることだ、と思うものの、直衣を着て、身だしなみを整えて、夜が更けるのを待って出かけた。車はこの上もなく立派に入道が用意してあったが、大げさになるので、と馬で出かけた。お供には、惟光などだけを連れて行った。


 岡の邸はやや遠く、山の方へ入りこんだところだった。道すがらも、四方の浦々の景色を見渡し、古歌にもあるように、いとしい人とともに眺めたいような入り江の海に沈む月影を見るにつけても、まず恋しい紫の上のことを偲んだ。いっそこのまま馬を引いて通り過ぎ、都のほうに向かいたい気持ちになった。




 秋の夜のつきげの駒よわが恋ふる

 雲居を翔れ時の間も見む




 とつい独り言を言うのだった。

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