明石 その二十八

 明石の君の身近にある几帳の紐に、筝の琴の絃が触れて、かすかな音をたてたのも、無造作な様子でくつろぎながら琴を手慰みに弾いていたらしい明石の君の様子が目に見えるようで、興が湧くので、光源氏は、



「いつもお噂に聞いているあなたの琴の音さえ、お聞かせくださらないのですか」



 などと、さまざまに話しかけてみた。




 むつごとを語りあはせむ人もがな

 憂き世の夢もなかば覚むやと




 と光源氏が詠みかけると、




 明けぬ夜にやがてまどへる心には

 いづれを夢とわきて語らむ




 と明石の君がかすかに返歌を言う様子は、伊勢に下った六条御息所にとてもよく似ていた。明石の君は何の心の支えもなく、くつろいでいたところへ、こうして意外なことが起きてしまったので、困り果てたあげく、近くの部屋に逃げ込んで、どう戸締りしたのか、こちらからはびくとも動かなかった。光源氏は、それを見るなり、無理にも思いを通そうとはしない様子だ。だが、どうしていつまでも、そんな状態でいられようか。


 とうとう部屋に押し入り逢ってみると、明石の君の様子は、いかにも気品が高く、背もすらりとしていて、こちらが恥ずかしくなるような奥ゆかしい風情なのだった。

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