明石 その二十五

 明石では、いつものように、秋は浜風がことさら身にしみるので、光源氏はひとり寝もつくづく淋しい気持ちになり、入道にも折々話を持ちかけた。



「何とか人目を紛らわして、姫をこちらに寄越しなさい」



 と言って、自分の方から出向くことは、とんでもないと思うのだけれども、当の明石の君はまた、一向に自分から出かけようとは、思いもしないのだった。



「全く取るに足らない身分の田舎者なら、ほんの一時、都から下ってきた人の心安だての甘言にのせられて、そんな軽はずみな契りを結ぶこともするだろうが、わたしなどどうせ光源氏様からは人数にも思われていないだろうから、辛い気苦労の種に加えるだけのことだろう。こんな及びもつかない高望みをしている親たちも、私がまだこうして縁づかないでいる間は、当てにもならないことを頼りにして、将来を楽しみにしていることだろうけれど、もしそんなことになればかえって大変な心配をし尽くすことになるだろう」



 と思って、



「ただ光源氏様がこの明石の浦にいらっしゃる間、こうした手紙のやり取りをさせていただけるだけでも、並々ならず有り難いことなのだ。長年噂ばかり聞くだけで、いつかはそんな素晴らしい人の様子をほのかにでも拝見したいもの、でもそんなことはどうせ叶わない望みと思っていた。それがこうして思いもかけず、光源氏様が明石に住まいになり、よそながら、垣間見させていただき、世に並びもない名手と噂に聞いていた琴の音色まで風の便りに聞くことができた。明け暮れの様子も親しくうかがわせていただき、その上、こうまでして、わたしなどを人並みに扱ってくださり、お便りをいただいたりすることは、それこそこうした海人たちの中で日を送り、落ちぶれ果てた自分にとっては分に過ぎたことだ」



 と思うと、ますます気後れがして、夢にも側近くになどとは、とうてい思いもよらなかった。

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