明石 その十ニ
「重ね重ね、これ以上ないという辛い目を経験し尽くしてしまった今の私ですから、もうこれまでと、世を捨てて出家したい心がつのりますけれど、一方では、あなたが『鏡を見てもなぐさめてまし』と詠まれたときの面影がいつも身に添い、私から離れる折もありませんので、こうしてお逢いすることもできないまま出家してしまうのかと思うと、この日頃のとても悲しいいろいろな辛い思いは、まずさしおいてという気になり、
遥かにも思ひやるかな知らざりし
浦よりをちに浦づたひして
まるで夢の中にいるかのような気ばかりして、まだその夢がさめきらぬような、ぼんやりした思いですから、さぞかし変なこともたくさん書いたことでしょう」
と、たしかに取りとめもなく乱れがちに書いているのが、かえって、はたから覗いてみたくもなるほどなので、やはり紫の上はこの上もなく深く寵愛されているお方なのだと、供人たちの目には映るのだった。その人たちもめいめい京の留守宅へ心細そうな言伝を頼むようだった。
小止みなく降り続いていた雨空も、名残りなく晴れ渡って、漁をする海人たちも、景気よく見えた。
須磨はいかにも心細くて、岩陰の海人の小屋なども少なかったのに比べ、明石は人の多いことが目障りだったが、また一方では、須磨とは違った風情に富んでいることも多く、何とか気持ちを慰められるのだった。
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