明石 その十三

 この邸の主人である入道は、ひたすら勤行につとめて、俗念を払い去り、行いすましていた。ただこの娘ひとりの身の末をどうしたものかと思い悩み、その心中を、傍目にも見苦しいほど、時折愚痴をこぼしては、光源氏の耳にまで入れた。


 光源氏もその娘、明石の君のことは、良清の話に、かなりの美人だろうと聞いた記憶があるので、こうして思いがけず明石までめぐりきたのも、明石の君との間に、そうした前世の因縁があるのだろうかと思った。それでもやはり、こうして落ちぶれた境涯に沈んでいる間は、勤行より他のことは考えまい、都の紫の上も、無事に一緒に暮らしているときならまだしも、そんなことになったら約束に違うと恨むことだろうし、それも気恥ずかしく申し訳ないと思うので、明石の君に気のあるような素振りはみせなかった。ただ折りに触れては、明石の君の性質や容姿も、噂通り並々ではないのだな、と心が惹かれないわけではなかった。


 光源氏の御座所には遠慮して、入道自身は滅多に現れず、かなり離れた下の屋に控えていた。ところが、本心では、朝夕いつも顔を見てお世話をしたく、このままでは物足りないので、何とかして明石の君の件でかねての望みを叶えたいものと、ますます神仏に祈願するのだった。

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