明石 その十

 明石の浜の景色は、なるほど須磨よりは格別の趣があった。人が大勢いることだけが、光源氏の希望にそぐわなかった。


 入道の所領地は、海辺にも山陰にもあって、四季折々につけて、海辺には、興趣をもよおすように特に作った軽やかな苫屋もあれば、山沿いの地には谷川のほとりに、立派な御堂を建て、勤行三昧に後世のことを静かに念ずるのにふさわしく造られていた。現世の暮らしの用意には、秋の田の米を刈りおさめて、余生を豊かに暮らすようにした米倉の町をつくるとか、折りにつけ、ところにつけ、それぞれふさわしい趣向をこらして建てたものが集めてあった。


 この間の高潮に恐れをなして、入道の娘などは、近頃岡のほうの邸に移して住まわしているので、光源氏はこの浜辺の邸にのどやかに住むことになった。


 船より車に乗り換える頃には、日がようやくさし昇ってきて、入道は光源氏の姿をほのかに見た。するとたちまち、老いも忘れ、寿命も延びるように感じて、嬉しさに相好をくずして、まず住吉の神を、とにもかくにも伏し拝むのだった。まるで月と日の二つながらの光を我が手に納めたような思いがして、夢中になって光源氏に仕えるのも無理のないことだった。

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